昭和の想いで 二 たかちゃんのこと

府営瓜破西住宅は70数棟を抱える大きな団地群である。団地群内に公園3個と給水塔2基を持つ。様々な形の団地があり、列に対し各階二戸をアプローチとする標準的なタイプから、建物の両端に階段を持ち各戸へのアプローチは廊下から行うタイプ、星形などである。階数も3階建て4階建て5階建てと様々であった。

26棟は中央公園の前にある標準的なタイプの棟である。4列各階2戸ずつの5階建で40世帯が暮らしている。ほとんどの世帯に子どもがおり、自然発生的に年齢を超えた遊び集団ができる。自分がどのようにしてその集団に属したのか記憶にはない。自動的に組み込まれたこの集団で遊ぶのが日課である。鬼ごっこ、かくれんぼ、缶蹴り、野球、泥遊び、ビー玉、ベッタン、靴隠し、壁当て、スーパーカー消しゴムからウルトラマンカード収集まで、すべてはこの集団の中で協力し競い合う。

たかちゃんは集団のリーダー的存在だ。一番年長なのだ。たかちゃんと同学年のターボーもいたが、僕たちはターボーについて遊ぶというより、たかちゃんについて行っている感覚だったから、やはりたかちゃんがリーダーなのだ。リーダーのたかちゃんとターボーを筆頭として年長から順に、根岸くん、ひろくん、あずまくんと僕という構成員である。その他同じ26棟少年たちがいたりいなかったりするのだが、いつもいる主要構成員はこの6人、のちにあずまくんは引越しをしてしまい5人になり、最年少は僕だけになってしまう。

ごまめとは、年端がいかぬために皆と同じルールを適用せず、いわゆるハンディをもらう主に年少の子どものことである。僕はごまめだった。

たかちゃんはごまめには徹底的に優しかった。鬼ごっこやかくれんぼでは走るスピードの調節や隠れ具合など絶妙の加減で僕を「一緒に遊んでいる」気にさせてくれた。僕がバットを持てば必ず下投げで、緩急混ぜながら最後には必ずバットに当てさせてくれた。壁当てではごまめはツーバウンドまでOKで、ビー玉では最初のスローインは前の方からだった。負けてもビー玉やベッタンを没収されることはなかった。

僕にとってたかちゃんはヒーローだった。弱いものに徹頭徹尾優しく、どんな遊びでも上手にこなしてしまうたかちゃん。なぜか喧嘩を見たり、したとかの記憶が全くないので腕っぷしが強かったのかどうかは知らないけれど、とにかく誰よりも優しいたかちゃん。誰よりも速く走るたかちゃん。誰よりも高いところにボールを当てるたかちゃん。野球が上手なたかちゃん。とんでもない場所に靴を隠してしまうたかちゃん。僕の隣に住んでいるたかちゃん。たかちゃんが巨人ファンになれば僕も巨人ファンで、カープファンになれば僕も鯉党だし、やっぱり阪神ファンに戻って来れば僕もトラキチなのである。頼れるお兄ちゃん、憧れのたかちゃん。

やがてたかちゃんは中学生になった。僕たちと遊ぶこともなくなってしまった。たかちゃんよりも4つか5つ年下の僕は、なんだかたかちゃんが遠くなってしまって、以前のように気安く「たかちゃん、たかちゃん」と寄り付けなくなってしまった。リーダー不在の26棟軍団は自然消滅的に解散してしまった。

春、真新しく颯爽とした詰襟の登場とともに、霧散した子どもたちの優しさのヒエラルキー。おいてけぼりのごまめの只の想ひで話である。

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